福岡高等裁判所宮崎支部 昭和29年(う)630号 判決
前に禁錮以上の刑に処せられ、その執行を猶予せられた罪の余罪につき再び刑の執行を猶予する場合において、刑法第二五条第一項第一号によるべきか、同条第二項本文によるべきかについては、判例の岐れるところであるが、刑法第二五条第二項本文は、再度刑の執行を猶予し得べき要件として、「前ニ禁錮以上ノ刑ニ処セラレタルコトアルモ其執行ヲ猶予セラレタル者一年以下ノ懲役又ハ禁錮ノ言渡ヲ受ケ情状特ニ憫諒ス可キモノアルトキ」と規定し、再び刑の執行を猶予すべき「一年以下ノ懲役又ハ禁錮ノ言渡ヲ受ケ情状特ニ憫諒ス可キモノアル罪」が、「前ニ禁錮以上ノ刑ニ処セラレタルコトアルモ其執行ヲ猶予セラレタル罪」に対する確定裁判の前に行われたると、後に行われたるとを区別せず、又他にこれを区別したものと解すべき法文上の根拠は見当らないから、両者が刑法第四五条後段の併合罪の関係にある場合も当然これに包含せられるものと解しなくてはならない。しかして、同項但し書は、「第二十五条ノ二第一項ノ規定ニ依リ(原規定、第二十五条ノ二ノ)保護観察ニ付セラレ其期間内更ニ罪ヲ犯シタル者ニ付テハ此限ニ在ラス」と規定して、保護観察の期間中に犯した罪については、たとい右本文の要件を具備する場合においても、再度刑の執行を猶予することができない旨の制限を設けているけれども、保護観察に付する以前、すなわち、執行猶予の言渡をなした裁判の確定前に犯した罪についてはこの制限を除外しているので、前に執行猶予の確定裁判のあつた罪と刑法第四五条後段の併合罪の関係にある数罪が時を異にして審判の対象となつたときは、右第二項本文に定める要件を具備する限り何回でも執行猶予の言渡をなし得るものと解すべきである。すなわち、刑法第二五条第二項の規定は、その定める要件を具備する限り、(一)前に言い渡された刑の執行猶予期間中に犯された罪であると、(二)右執行猶予の裁判確定前に犯された罪であるとを問わずひとしく適用せられ、且つ、右(一)の場合は、保護観察に付せられていなかつたときだけ一回に限り、(二)の場合においては各審判毎に回数に制限なく、重ねて執行猶予の言渡をなすことができる旨を定めたものである。
刑法第二五条第二項の文理上の解釈は正に右の如くである。そこで進んで、かように解することによつてその適用上不合理な結果を招く虞はないかどうかを検討しなくてはならない。(イ)先ず第一に、叙上の解釈(以下、二項説という。)と、同条第一項第一号によるべきであるとの説(以下、一項説という。)とを比較して考えられることは、一項説によるときは、三年以下の懲役又は禁錮の言渡をなす場合においても情状により再度の執行猶予をなすことができ、且つ、この場合は単に任意的に保護観察に付し得るに止るに反し、二項説によるときは、一年以下の懲役又は禁錮の言渡を受ける場合においてのみ再度の執行猶予が許され、且つ、この場合必要的に保護観察に付せられる点において両者権衡を失するという非難である(名古屋高等裁判所第五刑事部昭和二九年六月七日判決、集第七巻一〇四一頁参照)。しかし、保護観察制度の活用によつて、短期自由刑の弊を除き、犯人の矯正を合理的にし、効果あらしめようとする刑法第二五条第二項制定の趣旨に徴すれば、法は一面において、一年を超える懲役又は禁錮の言渡をなすべき罪に対しては、再度刑の執行を猶予しても保護観察制度によつて犯人を矯正することができないとして、その限度をこゝに定めたものというべく、他面において、再度の執行猶予をなすにあたつては、犯人の立場からいつても、社会的見地からしても、保護観察に付することが刑政上当を得たものであるとして、必要的に保護観察に付することとしたものと考えられるのであつて、このことは保護観察中の再犯に対して再度の執行猶予を禁止したのとその趣旨を同じくするのである。この新設規定の積極的意図に思いをいたせば、この点の非難は理由なきものといわねばならない。次に、(ロ)二項説自体に内在する矛盾として考えられることは、甲乙二罪を犯し、先ず乙罪について起訴され執行猶予の言渡を受け、次いでその余罪である甲罪について起訴され再度執行猶予の言渡があつた後、その猶予期間中更に丙罪を犯して起訴され、これが刑法第二五条第二項本文の要件を具備している場合、丙罪については重ねて執行猶予の言渡をなすことができなくなつて、甲乙二罪が同時に審判を受け執行猶予に処せられた場合、丙罪について重ねて執行猶予の言渡をなし得るのに比し権衡を失するという点である(東京高等裁判所第六刑事部昭和三〇年四月一二日判決、特報第二巻三三〇頁参照)。しかし、右執行猶予の期間中に犯した丙罪は、犯罪それ自体は同一であつても、前の場合は保護観察に付せられている環境のもとに敢行されたもので、後の場合はいわば野放しの執行猶予の環境のもとに敢行されたものであるから、情状においてこれを同一視するのは妥当でない。(ハ)その他、二項説の適用上従来行われていた非難(前掲東京高等裁判所第六刑事部判決並びに同裁判所第四刑事部昭和三〇年四月一四日判決、特報第二巻三一二頁参照)は、余罪については同項本文の要件を具備する限り各審判毎に何回でも執行猶予の言渡をなし得るという解釈を採るときは自ら解消する問題のみである。たゞ、執行猶予の言渡が三回以上に及ぶときは、一定期間重複して保護観察に付せられることとなるけれども、このことは保護観察の実行上支障を生ずるものとは考えられない。
かように、刑法第二五条第二項制定の趣旨を考慮しつゝ、その適用の結果を考察してくると、余罪に対する再度の執行猶予について同条項によるべきものとしても、なんら不合理な点はないばかりでなく、むしろ右規定制定の趣旨に適合することが理解せられるのである。一項説の根拠とする昭和二八年六月一〇日最高裁判所大法廷判決(集第七巻一四〇四頁以下)は、右規定の新設前において、併合罪について同時に審判する場合と、時を異にして審判する場合との間に生ずべき不均衡を是正する趣旨に出ずるものであるが、再度執行猶予の規定の新設された今日においては同趣旨に解することはできない。蓋し、かように解するときは、併合罪が時を異にして審判され再度の執行猶予をなすべき場合において、情状の如何により、或は同条第一項第一号を適用し、(任意的に保護観察に付する場合と然らざる場合とに分れる。)或は同条第二項本文を適用することゝなり、法令適用の不統一を来す結果となることは明らかであると共に、法の明文に眼をおゝうて類推を用いるのそしりを免れないからである。
されば、余罪に対する再度の刑の執行猶予は、刑法第二五条第二項本文によりこれをなすべきことは明らかで、原判決が、被告人は、昭和二九年六月一一日鹿児島簡易裁判所において窃盗罪により懲役一〇月(三年間執行猶予)の判決言渡を受け、その判決は同月二六日確定したこと、被告人の本件窃盗の犯行は、右確定裁判の前である同年五月二日頃及び同月七日頃の二回に亘り敢行されたものであることを認めながら、両者が刑法第四五条後段の併合罪の関係にあることを理由として、同法第二五条第一項(第一号)を適用して、懲役一年の宣告刑につき三年間その執行を猶予すべきものとし、保護観察に付する旨の言渡をしなかつたのは、この点に関する法令の解釈適用を誤つたもので、その誤が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄しなければならない。
(裁判長裁判官 山下辰夫 裁判官 二見虎雄 裁判官 長友文士)